私は自動車関係の技術者です。
動力から自動車のはじまりについて簡単に記述します。
動力を求めて
20数年前に、知り合いの方から
「エンジンからクルマへ」(山海堂 E.ディーゼル、G.ゴルドベック、F. シルドベルゲル著、山田勝哉 訳)
という本をいただきました。
私は、読書はあまり好きではありませんが、この本は一気に読んだ記憶があります。
訳者の山田勝哉様は東京大学を卒業され、IHI相生工場にて舶用ディーゼルエンジン関係の事業部長をなされ、1984年に退職された方です。
内容は、「エンジンのはじまり」について、次に自動車工学における偉大な業績を成した5名のエンジニアの紹介、開発の苦労、壮絶な特許係争(昨日の仲間が明日の商売がたき)などの話です。
すなわち、
・ニコラス・オーグスト・オットー(ガソリンエンジンを発明した人)
・ゴットリーブ・ダイムラー、カール・ベンツ
(2人とも内燃機関で走る乗用車を発明した人、ベンツが3輪車、ダイムラーが4輪)
・ルドルフ・ディーゼル(ディーゼルエンジンを発明したが最後は自殺した悲劇の人)
・ロベルト・ボッシュ
(高圧マグネト点火装置、ディーゼル燃料噴射ポンプなど各種電装品を発明した天才)。
原書はドイツ語です。
訳文にやや難があります(私の持っている本が第一刷のせいか?)、ただし、十分に感銘を受けるよい本だと思います。
この本より、動力を求めた歴史、車への発展について簡単に記述します。
永久機関を求めて
有史が始まった頃、電灯、テレビ、パソコン、自動車、飛行機、電話など便利な道具はなく人々にあったのは夢だけだったのでしょうか?
死にたくない、病気・怪我の苦痛から逃れたいという思いから、不老不死の妙薬を求め、薬学、医学、漢方薬などが進歩したようです。
金持ちになりたいという思いから、錬金術がブームとなり、人々はさまざまな化合・反応を試み、化学が発達しました。
また、
この重い荷物を軽々と運んでくれないかな?
馬・牛・人の代わりに動く機械はないかな?
風のように速く遠くへ行きたいな!
そのような思いが、動力、永久機関へのあこがれとなり、動力を開発する原動力となったようです。
永久機関のはじめての試みとして、記録に残っているものは、ギリシャのヘロン(BC150~AD250)が蒸気の吹き出す力を利用して作った「ヘロンの蒸気エンジン
」です。
なんでも3500rpm回転ぐらいで約5分間回転し続けるそうです。
当時の人々は大変びっくりしたそうです。
また多くの職人たちは星座・太陽が規則正しく回転しているのを見て、天体は永久に回転し続けている。
必ず地上にも永久機関ができるはずだと確信したそうです。
つまり神の力を借りれば必ず地上にも自転が起こり、動力を取り出せるはずだ!と。
西洋の宗教・哲学が永久機関を探求する動機となったようです。
いろいろな永久機関
の試みがあったようです。
アルキメデス
の無限螺旋
ヴィラール・ド・オヌクールの永久機関 (錘を利用した永久機関)
浮力を利用した永久機関 黄色い浮きの浮力(アルキメデスの原理)
毛細管現象による永久機関
など
現在、熱力学上、永久機関は不可能であると結論づけられています。
ただし、Googleで「永久機関」をキーワードにして調べると、現在でも夢を追い続ける方がたくさんいらっしゃいます。
ドクター中松
エンジン(エネレックス)
アントニオ猪木の永久機関
フリーエネルギーマシン
などがヒットしました。
詳しくは調べていませんが、永久機関を求める夢は現在も途絶えていません。
彼らは、今も地上に天体の動きを再現しようとしているのでしょうか?
真空への熱き思い ~ オットー・フォン・ゲーリケ(Otto von Guericke)の偉業
永久機関の研究は、16世紀になっても続けられていたようです。
「天空は永久に回転している。地上にも必ず永久に回転するものが実現できるはずだ!」
という信念のもと、多くのエンジニアが時間をかけて図面を作成して、巨費を投じ、試行錯誤して、いろいろなメカニズムの機械を作ったようです。
しかし、永久機関は実現されませんでした。
ルネッサンスの天才 レオナルド・ダ・ヴィンチ は、永久機関は不可能と予測して、皆の誤りを指摘しましたが、まだそこには理論的な裏づけはありませんでした。
17世紀に、ドイツ人 オットー・フォン・ゲーリゲ
(1602-1686、マグデブルグ市長でもあった)が機械的な方法で真空を作ることに成功しました。
ゲーリゲが作った真空ポンプ(現在の自転車の空気入れの逆みたいな機械です)は、今日の往復動機関と同じく、シリンダ、弁、ピストンを持っていました。
すなわち、
ゲーリゲは、現在の往復動式エンジンの原型を作った人なのです。
ゲーリゲは、現在の最先端の真空ポンプがつくる希薄な真空状態は作れませんでしたが、それでもかなり希薄な状態を作ることに成功したようです。
そして真空の実験を重ねるうちに大きな発見がありました。
真空にした銅製の球が何もしないのにくしゃくしゃにつぶされたのです。
ゲーリゲは未知の力を知りました。すなわち大気圧です。
彼は大気圧のすごさを皆に知ってもらうために有名な公開実験「マグデブルグの半球
」を1654年にレーゲンスブルグのドイツ議会で公開しました。
2頭立ての馬車(馬16頭)で真空にした厚肉の半球(直径約40センチ)がやっと引き離されたのです。
(ここにも実験が・・・ )
当時の人々はびっくり仰天しました。
今でいうなら、原子爆弾か、スペースシャトルの実験なみの驚きだったようです。
そして、この巨大な未知なる力、真空こそが、皆が求めていた動力になるに違いないと熱き思いにかられたのでした。
なお、ゲーリゲは真空を発見して「自然は真空を嫌う」という命題を否定し真空では音も伝わらない生き物が生きていけないということを発見しました。
また高度が上がるにつれて気圧が下がることから宇宙空間は真空ではないかと推測しました。
ゲーリゲの偉業はのちの科学者(ホイヘンス 、ボイル ら)に大きな影響を与えました。
ゲーリゲの発見以来、人々は長い間、真空を利用した動力機械にとりつかれることになりました。
ホイヘンス (1629-1695、振り子・光の波動説など、あまりに有名な科学者)は真空を作り出すため人力の代わりに火薬の爆発を利用することを考えました。
ルイ14世の有名な大蔵大臣 コルベール がフランス宮廷にホイヘンスを招聘し火薬の爆発によりピストンが持ち上げられ真空を作りその力により召使い5名が軽々と跳ね飛ばされたそうです。
ただし、シリンダに火薬を人が充填する必要があったので非常に危険な原動機だったようです。
ホイヘンスの弟子、ドニ・パパン (1647-1712、圧力鍋を発明した人)は火薬の代わりに水蒸気を使いシリンダ内で凝縮を行い、真空を作ることができるに違いないと考えました。
確かに動力は取り出すことはできましたがパパンの初期の蒸気機関は動力を取り出すのに非常に長い時間がかかり実用には程遠いものでした。
また彼は新教徒だったためフランスを去らなくないといけませんでした。
有能なエンジニアでしたが当時の生産技術が貧弱だったため(真円のシリンダができなかった)自作の蒸気機関を見ずに不運のうちに他界しました。